■旅行記 ”日本一周旅行” 13日目 : 覚めて迷って輝いて  (1996.08.20 Tue)

 朝のフェリーであっという間に本州へ戻ってきたけれど、心はまだ北海道に残ったままという感じで、終日ぼうっとしていた。夢のような滞在を終えて、まさに夢から覚めたように戻ってきた海外旅行者と何一つ変わらない様子だったと思う。
 とは言え、僕にとってはこれからが本当の旅の始まりと言ってもいいくらいなのに、既に何かが終わったような、何かを終えたような気持ちになってしまっているのにはちょっとした危機感を覚えた。
 第一、これからはあまり頼れる知り合いもいないのだ。このまま日本海沿岸をずっと進み、下関まで行ったら九州へ渡り、九州も、そして高松から渡る四国も、逆時計回りで周り、さらには紀伊半島もあるわけだ。新潟県境にある長野県の小谷(おたり)村に知り合いがいるものの、親戚が住んでいる大阪の堺市まで、このバイクとテントと自分だけでやっていかなくてはと思うと、ため息が出そうになる。
 それにしても、そうやって北海道旅行を回想していて、特に思うことがあった。それは、清潔な布団があって、風雨から守ってくれる屋根や壁があり、さらには湯舟に浸かれる風呂がある生活がいかに幸せかということだった。今まではそれが空気ように当たり前の存在にしか思っていなかったが、それだけでも本当にありがたく、そして温かさというものを感じた。家庭というもの、そして単なる建物としての「家」にすら、ありがたみや何か感慨深いものを感じることが出来た。
 さて、下北半島の北端大間崎から青森市街まで行くのに意外と時間がかかってしまったので、青森に着いた時点で津軽半島はショートカットしてすぐに日本海側へ出ようと思っていたのに、先ほど書いたようなことを本州に戻ってきてからずっと考えていたせいか、弘前周辺でひどく道に迷ってしまった。
 いくら地方と言えども、やはり幹線道路は時間帯によってひどく混雑する。弘前はそれもあったけれど、どうやら祭りの影響で混雑していたらしく、適当に迂回してみたのだが、それがまずかった。
 幹線道路に出るまで、とにかく方角的に海の方へと進んで行こうと決めていたのだが、山間部に入ってしまい、道路はどんどん狭くなるばかりか、挙句の果てに林道が砂利道になり、日が傾いていく中、結局山道を折り返してきてひどく時間を食ってしまった。敗北感のようなものを感じて、惨めに思えるくらいだった。
 一、二度、地元の人に道を尋ねたりはしたのだ。ただあまりにも言葉が通じなくて、僕は結局分からずじまいであてずっぽうに行ったのがまずかった。ある時は敢えて若者を選んで、茶髪でパーマ姿の男子高校生に聞いたのだが、それがどうしてか、そこらのおばあちゃんかそれ以上に言葉が訛っていて、僕は本当に分からなくてショックを覚えるほどだった。年頃の人ならテレビばかり見ているだろうし、そうすればテレビの前では関東で使っている言葉をリスニングしていて、学校へ行けばその番組の話をするだろうから多少は東京の言葉もスピーキングするだろうに、何度聞き返しても本当に分からない言葉で話してくるのである。青森と秋田の県境でこのようなカルチャーショックを受けるとは思いにもよらなかった。たったそれだけでも、「まだまだ知らないことがたくさんあるんだな」とさえ思った。それくらいになぜかひどく衝撃的な出来事だった。
 さて、話を元に戻そう。その日の目標としては男鹿半島の先端まで行きたかったのだが、もういい加減夜道を不安げに走るのも嫌だし、開けた砂浜があると分かったので男鹿半島の少し手前の八竜町というところの砂浜で走りを終えた。
 今日は道に迷ったせいかひどく疲れた。だから初めはこの疲労感を抱いたまま眠りに就くのかなと憂鬱だった。しかし既にテントを張っている時からそうだったけれど、頭上には今まで見たこともないような満天の星空なのである。大げさではなく、本当にプラネタリウムを見ているように、星の数も多く、そしてきらきらと輝いていた。目の前は海岸一面に静かな海があり、手前も砂浜や広々とした駐車場や草地が広がっているだけだから、地平線に近いところまで360度ぐるりと見事に星だらけなのである。まるで宇宙に吸い込まれるような、本能に訴えかけてくるような純粋な感動を覚えるだけだった。
 地元の学生カップルが何組かいたせいもあったかもしれないけれど、一人で砂浜に寝そべって暖かな潮風を受けながら星空を見て、センチメンタルにならないやつなんているのかなと思うくらいの、心に響く壮大な星空だった。


本州へ戻ってきて、さっそく暑さが戻ってきた。時間的にも暑い暑い青森駅でした。



これはまだ八竜町に着く手前の景色だけれど、海の彼方に太陽が沈んでいく姿は
埼玉育ちの僕を、なぜかひどく寂しい気持ちにさせるのだった。


【走行距離】 本日:414km / 合計:3,627km
北海道函館市 〜 秋田県山本郡八竜町(現:三種町)

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