■旅行記 ”日本一周旅行” 29日目 : 挙句の果て  (1996.09.05 Thu)

 カヌークラブの会長さんの本職は実は整骨院の院長先生で、子供たちと一緒に朝食を取ったあと、整骨院まで付いていった。
 先生は僕と会った時に、「体の左半分のどこかが悪そうだ」と思っていたらしい。痺れている腰や太ももをかばって、立ち方、歩き方までぎこちなかったらしい。すべてを白状したら、「それなら治療してあげるよ、サービスサービス」と言われ、整骨院で治療を受けた。
 こんなにありがたいことはない。足腰を揉んでもらい、昨夜から続いているいろいろな話をしながら電気の治療までしてもらった。「神様仏様のお導き」としか言いようがない。
 そんな矢先、昨夜会ったあのカヌーイストのマネージャーさんが整骨院にやってきた。犬の散歩の途中で、立派な犬を連れていた。ここでいう「立派」というのは図体もあるけれど、主人や血統や知名度も含めてである。父親共々、映画にも出演した事もある、まさに立派なお犬さまなのである。
 先を急ぎたいのもやまやまなのだが、マネージャーさんも主人がいなくて時間に余裕があるようだったので、そのままあのカヌーイストの家まで一緒に行くことにした。
 「家」と言ってもそれは一時的な借家で、実はまだ越してきたばかりで主人は寝食をしたことがないという。引越しの喧騒のさ中、主人はユーコン川へ川下に行ってしまったと、マネージャーさんは笑いながら話してくれて、そのまま家の中に僕を案内してくれた。
 他を知らないので比較は出来ないけれど、さすが作家らしく、数え切れないほどの本が置いてあった。本棚に収めたばかりのもの、まだダンボール箱に入ったままのもの、小さな借家は本のための倉庫のようであった。
 それからは、申し訳ないけれど客と言うより単なるファンの目である。カヌーにまつわるいろいろな道具、直筆の原稿、そして新しいギターもあった。マネージャーさんも、敢えてファンが飛びつきそうなものを見せてくれるものだから、「ずるいなー」と思いながらも、まんまとそれに乗り、その都度感嘆の声を上げてはしゃいでいた。
 まあ、小さな借家なので見て回るのにそんなに時間はかからなかったが、その後は台所の空きスペースに用意された華奢なテーブルに向かい合って座り、マネージャーとは言え一ファンとして、ファンとして共有する話で大いに盛り上がった。「どうしてマネージャーになったのか」、「どういう経緯でなれたのか」、「あのカヌーイストは実際はどんな方か」などという僕の質問攻めも尽きることは無かったが、その間にも「どうしてバイク旅行を始めたのか」、「そもそもバイクやバイク旅行ってどんなものか」、「どうやって院長先生と会ったのか」など、こっちもそれなりに答えるネタを持っていたので、お昼ごはんも食べずに話し続けた。
 そして次に二人がふと気づいたのは、襲い掛かるような日暮れだった。これだけ話せば当然と言えば当然だが、時差ではないかと思うほどであった。僕は僕で心の中では「先を急がなきゃ」と思っていたし、マネージャーさんにだってそれなりに何かやる事があったはずだから、その時はお互いにちょっと困った顔をして考え込んでしまった。
 僕は今から出掛けたところで走れる距離はたかが知れている。「庭先にテントを張らせてください」とは言ってはみたものの、それも妙な話である。とは言えこの家には空き部屋がない。
 「仕方なく」と言えるのは不在の主人とマネージャーの言葉であり、僕のための言葉は結果からすると「まんまと」になってしまうが、マネージャーさんの厚意もあり、今夜は結局、留守主人の部屋を借りることになった。

【走行距離】 本日:1km / 合計:6,745km
鹿児島県薩摩郡入来町(現:薩摩川内市)

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